頸を絞められるのは苦しい。
誰だってそうじゃないかな。脳に血液が回らなくなるし、気管を圧迫されていれば声すら、息すらできない。
3分間そうなったら、人は死ぬ。まあ、その前に気絶するけど。
気絶したら楽になる気がする。きっと見逃してくれる気がする。
それでも見逃してくれないのは、殺意があるからだ。
まあ、殺意も沸くだろうさ。適当にでっち上げて優位に立とうとしているんだから。
そうしたら殺せばいい。首絞めないで心臓でも突き刺してくれればいい。
殺意があるなら、なぜ殺さない。頚動脈を切ったら出血多量で死ぬのに。
殺せないなら、殺そうとするなよ。頸を絞めるなよ。生半可な気持ちでやられたら、また生き返っちゃうじゃないか。
生き返っても、またあなたは僕の頸を絞めるでしょう。
きっと僕はまた変なことをいうだろうし。
でも、殺さないなら、殺せないなら黙っていて欲しい。
殺すなら、残骸を残して欲しくはないな。
慰めて欲しい。頭を手において欲しい。抱きしめて欲しい。
子供みたいに誰かに抱きつきたい。誰かの愛の中に溺れたい。
愛って何だ。僕は疑問を感じなかった。愛という何かがあると思ってた。いや、今でも思ってる。
僕は愛されたい。愛という幻想を抱きたいし、包まれたい。愛という毛布に包まっていたい。
だけど誰も愛してはくれない。誰も僕のことにかまってくれない。
年齢のせいか? 身体のせいか? 男だからか? 女だったらかまってくれる人が居たか?
結局誰からも愛されない。自分で小さいペニスを擦ってみる。そこに何がある?
何もない抜け殻の愛だけでは満足できない。
世界が何でできていようとどうでもいい。
愛して欲しい。
という自慰。
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